黒を加色するとリスクが高まります。

黒を加色すると、日射吸収率が急増し、
結果として熱割れリスクも急増します。
濃い黒色の日射吸収率は基材+80%まで上昇するため
ガラスがいつ熱割れしても不思議ではありません。

色の明るさを決める黒インク

 4色インクの中で、シアン / マゼンダ / イエロー の3色の染料インクの混合比で再現される色の色調が決まることは前のページでご説明しました。では、全てのインクを同じ割合で吐出したらどうなると思いますか?答えは簡単で ” 無色彩 ” になります。

 無色彩とは簡単に言ってしまえば、白と黒及びその間のグレー色になります。この色群では、” 明るさ ” という考え方しかありません。そして白が最も明るく、黒が最も暗いと考えます。4色インクの残りの1色である黒は、残りの3色で表現された色彩に、明るさ( 黒を加色する意味から考えると ” 暗さ ” )を調整するインクということになります。

 まずは、白 ~ グレー ~ 黒 の間で、色の吸収スペクトルがどうなるか見てみましょう。

 黒の出力が66%以下の小さいとき、すなわち比較的薄いグレー色のときの吸収スペクトルは波長300nm~750nmの範囲に限られており、なんとなく前のページで検討した シアン / マゼンダ / イエロー の3色の染料インクを混ぜ合わせたときのスペクトルと感じが似ています。ところが黒の出力を77%以上、つまり黒を濃くするに従って、それまでの傾向とは全く異なり、全ての波長領域で光の吸収が始まっています。

 この結果から類推されることは、薄いグレー色の場合はなるべく シアン / マゼンダ / イエロー の3色の染料インクで色の表現を行うのに対し、もうそれ以上黒を濃くしにくくなってきたら新たに黒インクを混合し、黒さを強めていく設定のようです。細かな設定はプリンターの機種によって異なるかもしれませんが、どのプリンターもおおむね同じ傾向ではないかと予想されます。そして、後から追加された全波長領域で光を吸収するインク、これが最後の黒色インクなのでしょう。

 インクの吸収スペクトルが変わるとそのインクの日射吸収率も変わることも前のページでご説明しましたが、すると2種類の黒の発色のさせかたでも日射吸収率が変化するはずです。特に後から追加される黒インクは、全波長領域で光を吸収していますので、その日射吸収率も高くなっていることが予想されます。

 実際に測定された吸収スペクトルから日射吸収率を計算してみると、黒出力の増加に伴い日射吸収率も上昇していきますが、前ページの傾向とは異なり単純な直線関係にはなりません。むしろ2本の直線が見えてきます。これは、前半の3色インクで黒を発色しているときと、後半の黒インクを追加して黒を濃くしているときでは使うインクが違うので、当たり前の結果と言えそうです。

 ここで注目すべきは、やはり黒の出力を強くしていくと、その色の日射吸収率も急激に上昇していく点です。日射吸収率が高くなるとそれだけガラスの熱割れリスクが高くなっていきます。網入ガラスや大きいガラスに装飾フィルムを貼付したい場合、その熱割れリスクを下げるためには、色の日射吸収率を抑えなければなりません。例えばその限界が、日射熱吸収率=50%だったら?そのときは、濃い黒色のデザインは使えなくなってしまいます。

黒インクの追加が熱割れリスクの原因に?

 それでは次に、シアン / マゼンダ / イエロー の1種類のインクで表現できる色に黒を加色した場合を調べてみましょう。その結果が下のグラフになりますが、結構バラバラな結果になっています。

 例えばマゼンダは、黒を濃く加色しても黒インクの追加はされていないみたいですが、シアンとイエローに黒を濃く加色した場合は、黒インクの追加が行われたみたいです。しかもイエローの方が多く、多分黒加色の早い段階で追加が始まったようです。

 このデータから類推するにおそらく、少なくともこの実験で使ったプリンターでは、シアン / マゼンダ / イエロー で組み合わせた色の吸収スペクトルの最大値が80%に近づいてくると、黒インクを追加する様な設定になっているのではないでしょうか。

 先ほど、特に後から追加される黒インクは全波長領域で光を吸収するため、その日射吸収率が急激に高まることが確認されました。ということは、この黒インクを早々に追加し始めるイエロー系は、黒を加色することによって、その日射吸収率が急激に上昇すると予想されますし、逆にマゼンダ系は比較的安全なのかもしれません。いずれにしても、ここでも色によって日射吸収率は違い、それぞれのインクの吸収スペクトルをよく確認してみないといけないことが再確認されました。

 最後に、2種類のインクで表現されるブルー、レッド、グリーンの3色に黒を加色してみましょう。その結果が下のグラフになりますが、やはり黒インクが追加されるタイミングは、黒の出力の大きさではなくて、シアン / マゼンダ / イエロー で組み合わせた色の吸収スペクトルの最大値が80%に近付いたかどうかで決まっているようです。例えば吸収率の最大値が早々に近付くレッドへの黒の加色では、早々に黒インクが追加されているようです。

 ただ、やはり2種類のインクを使っているからでしょうか。先ほどの3色とは異なり、黒を加色していくと早々に色の吸収スペクトルの最大値が80%に近付くようで、黒インクを追加するタイミングも総じて早いようです。特に赤色への黒の加色、つまり茶色系は、日射吸収率が早々に40%を超えてきて、濃い茶色になると60%を軽く超えてきますので、黒と同じくらい慎重に扱わないといけないかもしれません。

 実は私、ここまでの結果にとても驚きました。なんとなくの思い込みとして、赤外線=熱というイメージがあり、赤外線に近い赤色も熱をたくさん持っていると思っていました。赤の補色は緑色。つまり緑色に見えるインクは赤色の光をたくさん吸収しているはずなので日射吸収率が高いだろう。逆に赤外線から最も遠い紫色( 紫外光に最も近い色 )の補色は黄色なので、黄色が一番日射吸収率が低いだろう。最初はこんな風に予想していました。ところが実際は、黒の加色を行わない場合( 前のページの結果 )でも、黒の加色を行う場合( このページの結果 )を見ても、そんな最初の予測とは全く異なる結果になっています。

 なぜか?それは、カラープリンターでの色の表現が、限られた複数のインクの組み合わせになっているからに他なりません。つまり、色に関する基礎知識で日射吸収率の予測、ひいては熱割れリスクの予測をしてしまうと間違ってしまう可能性があるということです。あくまでも使用しているインク自身の特性と、色を表現するプリンターのインク吐出特性から色の日射吸収率を予測し、熱割れリスクの予測をしなければならないことが良くわかりました。

・・・ということは?

 そうです。大まかな傾向に大差はないかもしれませんが、より詳細に熱割れリスクを予測をしようとした場合、プリンターやインクが変わってしまうと、結果も変わってしまう可能性があるということです。

 色の日射吸収率をあまり適当にあるいは概念的に考えるのではなく、使用するプリンターやインクの特性を十分理解し、使いこなしていくことが、結果として熱割れを予防するための第一歩になるのかもしれませんね。